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2004.10.29

今日こそは・・・


絶対「金八先生」は逃さない!

先週は日本シリーズのおかげで・・・。だから、今日こそは・・・。

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2004.10.25

焼酎のお洒落な飲み方

最近友達とメールで焼酎の飲み方についての話になった。

『木曜に焼酎をチャレンジしてみました!なんか小さなグラスで飲むのかと思ってたら大きなコップに出てきたんでビックリして結局最後までは飲めなかったです・・・・
もう少しおしゃれに飲むのではないんですかね???』

という彼女に対し、ボクは焼酎王国の九州生まれ。

『焼酎は、安いコップにストレートできどらずにに飲む!これが九州の飲み方たい!』

と、おもわず九州弁が出る始末・・・。もともと学生時代は、焼酎は日本酒に比べて安くてアルコール度数も高い
から”安くで酔え”て学生の味方!みたいな感じで飲んでいたので、お洒落な飲み方なんてあんまり考えてなかった。でもま、考えてみるとおもしろいかもってコトで、返事に

>焼酎は蒸留酒なんで、大まかに言えばウィスキーなんかと同じ仲間なんだよね。
>だから、そのへんから考えると・・・
>オトコだったらネクタイなんかつけてちょっと暗めのバーで、ウィスキーグラスに
>オン・ザ・ロックというのはお洒落じゃないかな?田苑ていうオーク樽かなにかで
>作った鹿児島の焼酎があってこれは薄い琥珀色なので、見た目ウィスキーみたい
>でさらにちょっとお洒落なのでは??
>女性だったら、レモンやライムの1/8に切ったものなんかをグラスに刺して飲む
>のもおしゃれかもねー。

と書いてみたんですが、どうでしょう?これを読んだみなさんのアイデア、飲み方を教えてください。

ボク自身は、焼酎は口が広めのグラスにストレートあるいはオンザロックで飲みます。それから時々、すごく好きだった作家&医者の永井さんが生前好きだった飲み方、焼酎の牛乳割りなんかもしたりします。

http://www.asahi.com/column/aic/Wed/d_medical/040317.html

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2004.10.20

キン消し、パッチン、メンコ・・・

久しぶりにトラックバック。子供の頃夢中になったものはいろいろある。なかでも、

・キン消し・・・キン肉マン消しゴム
・パッチン・・・いろいろな車を模した消しゴムの仲間内での呼び名(この車をはじいて走らせるプラスチックのスターターがあり、はじくときに「パッチン」と音がしていたのでそう呼ばれていた)
・メンコ・・・今ならカードというのだろうか

B型なので(?)、もともと熱しやすく冷めやすい。上の3つも1年くらい夢中になったが、次第に忘れていった。そういえば、あの頃集めたこれらのアイテムはどこに行ってしまったんだろう・・・。

実家の物置とかにはそんな思い出がたくさん詰まっている箱がある・・・。

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いい話だ・・・。


読売新聞に、脳性マヒで歩行ができないかもしれないと診断された1歳の女の子と寝たきり89歳の女性が、交流によってともに歩けるようになったという記事があった。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041020ic13.htm

女の子がどうしてこの女性の元へ訪れるようになったかはこの記事からはわからないが、女性は「私が行かないと、あの子がさみしがる」と感じ、その気持ちで歩けるようになったと読み取れる。西洋医学ではまだまだ説明できないような、不思議な事案だが。論理でも科学でもなく、「それはあるかもしれない」と感じた。人間の心の剛(つよ)さ、そして優しさを感じる。

最近友人から聞いた話だが、海の向こうのある国では、日本でいういわゆる「障害者」の方のことを、「(何かを)できないコトがある人」と表現するらしい。「ハンデを持つ人」という言葉は差別用語として扱われるそうだ。ボクも基本的にこの意見に賛成だ。

「(何かを)できないコトがある人」なんて自分を含めてこの世にたくさんいる。だからお互い思いやって生きていけばいいじゃないか、そんなメッセージを伝えてくれた小説がある。集英社コバルト文庫発行、小林弘利さんの『サウンドオブサイレンス』。もう古本屋でしかみつけることはできないかもしれないが、もし見つけたらぜひ読んでみてください。

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2004.10.15

なんかなぁ

今週はハッピーマンデーがあったせいもあるけど、あっという間に過ぎた感がある。時間が過ぎるのを早く感じるのは忙しさのせいだけではない気がする。30代も20代と同じくらい長かったと言えるように生きるのがここしばらくの目標なので、もう少し毎日を楽しみたい・・・。

11日の体育の日には町の剣道大会に行った。近隣の町の小学生から一般の方(ただし、三段以下)までの試合が行われた。一番参加者の多いカテゴリーは中学生で熱戦が繰り広げられた。近いうちにその時撮った写真などをupしようと思う。

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2004.10.13

悲しいけれど、美しい

運命のいたずらで真珠になってしまった魚が見つかったらしい・・・。(読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041012ic03.htm

真珠は貝(厳密には真珠貝という貝は存在しないが・・・)が自らの貝殻の中に入り込んだ異物を貝殻そのものの成分である炭酸カルシウムで包んでしまうという性質を利用して作られる。その”異物”が生きた魚となる可能性はつまりゼロではない・・・。あり得ないことだけど、カクレウオはその時なにを思ったんだろうって考える。貝の中に閉じこめられた魚がどれくらい生きていられるのかわからないけど・・・。

その身の上を想像すると、悲しいけれど美しい。いや、悲しいからこそこんなに美しいのだろうか・・・。

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2004.10.10

哀しいことがあった

 医師であり、作家でもある永井明さんが亡くなった。『ぼくが医者を辞めた理由(わけ)』がベストセラーとなり、自信のストレス学研究のことも交えながら軽妙で知的な本を次々と執筆されていた。私が永井さんの文章と出会ったのは、チェコに滞在していた頃、インターネットのasahi.comに毎週掲載されていたコラム『メディカル漂流記』だった。自分に素直で、変に飾らず、わかりやすい文章(本人がどう思って書いたかはもちろんわからないが、少なくとも私にはそう読めた)に妙に惹かれ当時Web上にあったバックナンバーをひとつひとつ読んでいった。そして2年前(2002)の夏、広島での国際会議に参加した折、立ち寄った本屋で『ぼくが医者を辞めた理由』を手にとった。
 それから永井さんの本は店頭で見かけるたびに購入した。これまで6冊くらい読んだだろうか。今は永井さんの遺作となった角川oneテーマ21の『適応上手』、そして少し前に出版されていた小学館文庫の『医者に効くクスリ』を読んでいる。

 『適応上手』からは、『死』とは逃げずに向かい合おう、『死ぬ』ことは「しゃーない」・・・そんな人生観が読み取れる。この本の出版が、永井さんのなくなった日とほとんど同じだったこと、死に際は医者を呼ぶでもなく、病院に行くでもなく、自分の事務所で噺家の落語を聞きながら逝ったこと、を考えると、その本で『変なプライドは持つな』と言っていた永井さんが、自分の生と死に関しては非常に純粋で崇高な誇りを持っていたように思える(崇高なんて書いたら永井さんに怒られるかもしれないが・・・)。

 そんな誇りなんていらないから、もっと長く生きて、ぼくにもっとあなたの文章を読ませてくださいって懇願したいが、それこそ生者のおごりというものだろうか。asahi.comのAICというコラム欄に届いた追悼の便りを読んでいたら自然と涙がこぼれてきた。高校生の頃、祖父が死んだときも流れなかった涙が・・・。ただ、ただ哀しかった。

 10年来の女友達にその話をしたら、「年とって涙もろくなったのよ」と軽くあしらわれた。もし、そうなら・・・年をとるのも悪くはないなと思った。

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2004.10.06

花キューピッド・・・


 3年の海外滞在はいろいろな経験だけでなく、多くの出会いをくれた。なかでも自分と同じ海外で勉強している音楽や人文分野の研究者、あるいは留学生との出会いはかけがえのないものだった。

 その中の一人プラハで音楽をやっている友人が10月、日本でコンサートの伴奏をするという案内を受けた。私は音楽の素養はないが、音楽はクラシックを含めて聴くのはとても好きで、プラハでも機会があればコンサートにも行っており、この友人の演奏はその中でも一番好きな。残念ながら会場も遠く、実験日程との兼ね合いでどうしても行くことができなかったので、気持ちだけでもと思い、花を贈ることにした。

 駅の近くの花屋さんで花束の全国発送ができる花キューピッドを利用。コンサートホールの住所は知らなかったので、コンサート当日ではあったが、午前中なら大丈夫かと思い、友人の実家宛に送ることにした。メッセージに「すてきなコンサートになりますように・・・」と添えて。結局、このメッセージが功を奏する。

 配達日午前、地元の花屋さんが実家に届けに行ったところ受取人は不在。通常なら、花屋さんは花束が届いていることを示す不在票をおいて、花束は持ち帰り店内保管となる。多くの花屋さんにはそういう場合の保管ケースもあり、一度作った花束でも、長い時間その状態を保持したまま保管が可能である。

 しかし、そこの花屋さんは違った。添え付けのメッセージからコンサートであることを知り、地元であるコンサートなのでポスターなどが近くにあったのかもしれないが、コンサートホールを調べ会場まで届けてくれたらしい。
 花束は喜んでもらえたようで、本人からお礼の電話があり、花束がホールに直接送られたことはその時にわかった。

 なにより、不在と確認したあと、コンサートホールまで運んでくれた心遣いがうれしい。しかも、聞くところによると届け先の実家からホールまでは私鉄で5駅、決して近い距離ではない。

 あらためて、花屋さんに感謝である。

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